未来への遺産
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JOJOっぽい記事名ですが、JOJOには関係なく、子供達の話。
100年ぐらい先の時代に行ってみたいですね。
ぐらい・・・?
今週のお題「行ってみたい時代」
私は現在35歳で、まだ小さな子供達が3人います。
小学校高学年から0歳児まで、結構歳が離れています。
順当に考えると、子供達よりも私のほうが先に死ぬはずです。
そう信じています。
もちろん何年先にそうなるのかは誰にもわかりません。
私より子供達が先に死ぬ未来は想像すらしたくありませんね。
100年ぐらい先のぐらいとは、正確にいうと『私が先に死んで、子供達が死んでいくその瞬間までの時代』を行ってみたいですね。
もしかしたら、孫ができたら『孫達が死んでいくその瞬間までの時代』になるかもしれませんが、30年後ぐらい先に『孫の事も心配だ』と思えるのなら、こんなに幸せの事はないかもしれませんね。
何故その時代に行ってみたいか?
もちろん、『子供達の人生は幸せだったのか』を確認したいからです。
今が幸せならそれで良いのじゃなくて、短くて長い人生を通して幸せだったのかを確認したいからです。
地位も名誉も金もない私なので、子供達に残せる物は無いに等しいと思います。
強いていうなら、DNAを残せれて次世代に繋げれたなと思います。
貧乏家の私が子供達に残せる唯一の物は、形あるものじゃなくて『貧乏でも笑え合える家庭を築く術』と思っています。
実際は金がないと生活できないので、長女と次女には幸せは金があれば解決する事が多いので結婚相手はちゃんと考えてから結婚しろと既に伝えてあります。
ただ、私達の子なので正直、この子達も苦労するんだろうな・・・。と思っています。
なので、良い事も悪い事も言い合える=貧乏でも笑え合える事を伝えています。
今でも嫁とどうでもいいことで言い争いになります。
結婚10年以上たっていても味付けをどちらの好みにするか言い争いになりますし、(私が濃い味の方が好きなので、最終的には薄味のまま食卓に出され、あとから味付けを足します。)お互いストレートの言い方をします。
金がないから、努力しないと生活が成り立たないので、言い争いにもなります。
幸せの定義は人それぞれなので、子供達基準で幸せだったのかが重要です。
私の人生と子供達の人生は違うし、私の幸せの全ては子供達なのかと言われると、それは違うし、仕事をして金を稼いでるのも子供達のためなのかと言われると、やはりそれも違って、自分の為に仕方なく仕事をしてるんです。
この記事を書いてる隣で長女が英語の宿題を教えろと言ってきてます。
まだなんとか答えれる範囲なので教えていますが、直接答えを教えるのではなく、答えを調べる方法を教えています。
長女がわかったありがとう。と棒読みな言い方をしつつ続けて宿題をする、そんな些細な日常を幸せと感じ、努力していく未来に子供達もなって欲しいし、その未来に行ってみたいですね。